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変色系男子の日常。

黄昏ノムコウニ過ギ去リシ果報ガ見エルカ

会社の話。僕の部署では、毎週金曜日に拡大夕会というものを開いている。これは、部の開発者 (プログラマ) が全員で集まって、あるテーマに基づいた発表を行うというものだ。このテーマは技術的なことではなく (まあ技術に関することでも構わない) 、日常に関すること、例えば最近ハマっていることや最近悲しかったことなど、日常に即したテーマがほとんど。そういう他愛のない話で盛り上がることで、部のメンバー同士の結束を強めるのが目的だ 💑 👨‍❤️‍👨

今まで部の開発者の技術力や生産性向上のために色々な施策を講じてきたけれど、どれも芳しい結果を上げることができなかった。そして、この習慣だけが残っているのだが、これがなかなかどうして上手くいっている。本当に毎回楽しい話題が噴出してきて、大変盛り上がるのだ。

今日のテーマは僕が発案した「2016 年で最もよかった買い物」だったのだが、今回も色々な話題が出てきて、非常に面白かった。その一部がこちら。

  • 黒にんにく。食べると途端に力が湧いてくるそう。夜に食べることで、1 時間余計に夜更かしすることができる。
    • 1 粒 100 円に満たない黒にんにくで、時間が買える…だと!?
  • 青春 18 切符。10 時間かけて指宿まで旅行した。
    • すごい長旅でかえって疲れそう…。だけど不思議と楽しそうに思える。
  • 圧力鍋。よい夫婦仲を築くためには、日々の食卓に彩りが必要。ソーキそばのソーキを美味しく作るために買った。

特に黒にんにくのインパクトはすごかった 💪💪💪

ちなみに僕は、大晦日にボーナスを捧げて買ったダイソンの掃除を取り上げた。謳い文句に違わず、吸引力は確かなものだった。そしてコードレスなのが素晴らしい。しかし、値段はあまりに高く、型落ちでも PS4 レベルの値段 😇

2017 年もすばらしいアイテムに出会えることを心から祈りたい 🙏✨

憂鬱と遠藤周作とメタファーについて

久々に心の臓を握りつぶすような憂鬱が来て、今日は会社を休んだ。昼間に見た、忍者スナイパーになった夢が、やけに心地よかった。遠くからスナイパーライフルで敵を射撃し、先端に鉤爪のついたワイヤーで颯爽と移動する。そんな忍者スナイパー。

以前、同じように憂鬱に蝕まれていたとき、たまたま読んだ遠藤周作の「悲しみの歌」に癒やされたのを思い出した。話自体は非常に退廃的で悲しいものなのだが、どこか心を平穏にする作用があった。だから今回も遠藤周作の作品を読んでみようと心に決めた。そして夜に「十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。」という作品を読んだ。

悲しみの歌 (新潮文庫)

悲しみの歌 (新潮文庫)

タイトルだけだと「何の本やねん!?」という印象しかないが、これはよい文章、特に誰かに送るための文章の書き方を指南する本だ。その概要や感想は今回の趣旨から外れるので省略する。

この本の中で著者はとあるゲームを提案していた。それは極めて簡単なもので、「○○のような夕暮れ」の○○に入る言葉を考えてみるというものだ。つまりメタファー (比喩) を考えるということだ。ただし「燃え盛る火の玉」のように、誰でも思いつくような例えや使い古された表現は NG だ。あくまでオリジナリティを追求するのが、このゲームの目的だ。これは、よい文章を描く秘訣のひとつに「使い古された決まり文句を使わない」ことが挙げられていることに関係している。

村上春樹にハマって依頼、そういうメタファーを考えることが大好きになったので、このゲームはすごくいいなと感じて印象に残った。まさか気の利いたメタファーを考えることが、よい文章を書くことに繋がるとは。行き詰ったピクロスの解法がふと思い浮かんだときのように、自分の中で色々と繋がった気がして、気がつけば憂鬱はかなり薄れていた。憂鬱に対する特効薬のひとつは没頭だね。

奈落の底と DEEP-FURIGANA

「メイドアインアビス」という漫画が大好きで、Kindle 版と紙の本の両方を買っている*1

この漫画は、主人公のリコという少女が謎の機械仕掛けの男の子レグと「アビス」と呼ばれる巨大な縦穴を冒険する物語だ。このアビスは未知であふれていて、凶暴なモンスターや過酷な環境により、数々の冒険者が命を落とした過酷な場所だ。漫画に登場する可愛らしいキャラクターたちは、読者をたまらなく魅了し、緻密な描写でファンタジーの世界に没入させる。それでいて、シリアスかつ残酷なシーンも相当多く、それがまた過酷な冒険に深みを与える。

作品の紹介はこれくらいにしよう。この作品で僕が気に入ってるものがある。それがかっこいいルビの使い方だ。

アビスでは数々の遺物、いわゆるアーティファクト的なアイテムが発掘される。そしてそれらには特性に応じた名前が付けられる。

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時を止める鐘(アンハードベル)決して切れない糸(スタースレッド) など、とにかくかっこいい ✨✨

特に僕が一番気に入っているのは、5 巻に登場するとあるキャラクターが所持している 明星へ登る(ギャングウェイ) だ。あまりにクールなネーミングに、なんだか心臓がくすぐられるような感覚を覚える。

ちなみに、このような特殊なルビ、つまり本来の読み方とは別の単語を振る手法は、海外では DEEP-FURIGANA と呼ばれているらしい。これは賞賛や驚きというよりは、日本語を学ぶ外国人を困惑させることから付けられた異名のようだ。これまたおもしろい。

togetter.com

確かに漫画って DEEP-FURIGANA を駆使しているよなと、改めて感じるまとめ記事だった。筆頭はやはり絶対時間(エンペラータイム) 😇 厨二最高 😎

*1:「メイドアインアビス」と「ハクメイとミコチ」だけは、あまりに好きすぎて、Kindle 版と紙の本の両方を買っている。小説も含めると「安達としまむら」も。

強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい

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「強くなりたい……」といえば、響け!ユーフォニアムの第 12 話を思い出す。あれはいい話だった。

ポケモンぷよぷよスプラトゥーンも、対人戦でなければ気楽にできるものだけど、ひとたび人と戦うとなると、途端に厳しいゲームとなる。今挙げたゲームに共通するのが、レーティング戦 (インターネット対戦) が存在することだ。レーティングと呼ばれる強さの数値がある初期値から始まり、対戦に勝てば数値が上がり、負ければ下がるのだ。

今インターネット対戦にハマっているポケモンでも、初期数値からなかなか上昇しない。勝率が 5 割とちょっとなので。レーティングを伸ばすには、7 割 8 割、さらにトッププレイヤーになるには 9 割以上の勝率を維持しないといけない。スポーツの世界と同様に、ゲームの世界も非常に厳しいのだ。ポケモン対戦で勝率を伸ばすには、ひたすら経験を積み、知識をつけ、ポケモンの強さや型 (同じポケモンでのパラメータと技の組み合わせ)、相手の行動を予測することが必要になる。最近インターネットで対戦動画を見ていて、相手の行動予測のみならず、自分の勝つまでの道筋をしっかりと考えておくことが重要だと分かった。勝ち筋をとらえ、負け筋を潰すのだ。ポケモン対戦は本当に奥が深いので、動画を見るだけでも楽しい。

ゲームなので最初はもちろん楽しいのだが、ただゆるゆると対戦を繰り返していても、いずれはモチベーションが途絶えてしまう。あれだけ楽しかった対戦が、まるで賽の河原のような無限地獄と化す。ここで大切なのは、やはり「このゲームが好きだ」という気持ちだと思う。「好きこそ物の上手なれ」というのは日常でも仕事でもゲームでも、あらゆる場面で真理なのだ。そもそも好きでないのなら、不毛なインターネット対戦に打ち込む必要もないしね。

仕事も娯楽も、あらゆる面で通じていて、もはやその境は存在しないのではとたまに思う。有能になりたいし、成長したいし、強くなりたいし、そしてなによりも楽しみたい。

サンムーンのポケモンで一番安定して活躍してくれているのは、ウツロイドちゃんかな。この子、本当に優秀 💖
嫌いなポケモンはカプ・コケコとボーマンダギャラドスです 👎

曇天とおばちゃんと正月について

今日は 1 月 2 日。ちょっとした買い物のために天神に寄った。

空はどんよりと曇っており、あまり正月らしさは感じられない。しかし街は初売りで人がごった返していて、晴れやかでないあいにくの天気模様とのミスマッチが気になる。嵐の前に昆虫が大量発生している様を連想した。

正月でも天神の郵便局は営業していた。入り口でおばちゃんがひっそりと年賀はがきを売っている。暖房器具は足元のハロゲンヒーターのみで、なかなか肌寒そうだ。その表情は決して暗くはないけれど、親戚が実家に集っている中、自分だけなぜ働いているのかと、心中は不満に思っているのだろうか。正月に働く喜びを感じている人をどうしてもはっきり想像できない。

正月も絶え間なく働く人たちのおかげで社会は回っている。彼らに感謝しろなんて、殊勝なことを言う気はさらさらないけれど、でもそういう人たちがいるという事実だけでも心の片隅に留めておきたいね。

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いつものスタバ (天神のジュンク堂書店隣り) で今日は「村上春樹河合隼雄に会いにいく」を読んだ。非常に印象深い内容でそれをまとめようかと思ったけれど、どうしても気力がなかった 😪

夜を這う僕と謎の明滅について

元日の夜を車で這うように走る。あたりは暗闇と静寂にすっぽりつつまれている。まるで闇夜の冷たさにさらされたアスファルトが、あらゆる光や音を吸い込んでしまったようだ。瞳に映る風景は代わり映えがしないので、自分が進んでいるかどうか分からなくなりそうだ。しかし、山の上に光る航空障害灯の明滅だけが、しっかりと時間が生きていることを教えてくれる。

夜の峠道、山の上に点滅する謎の光。長い間その正体を知らなかったのだが、最近それが 航空障害灯 であることを知った。空を飛ぶ乗り物に対して、高い建物や障害物の存在を知らせるための電灯だ。

たぶん、今日の晩のあの時間に航空障害灯というものに対して思いを馳せていたのは、この宇宙で僕だけだろう。その孤独と誇らしさの入り混じった不思議な感覚が、少しだけ心地よかった。

会話における愛情と理解について

僕は会話が苦手だというコンプレックスを抱えている。より厳密に言えば、話しかけるのはそんなに苦手ではないけれど、会話を継続させるのが苦手だと思っている。だから、僕は「懇親会」というものが、この世で一番苦手な野菜のプチトマトよりもさらに苦手だ。

少しでも克服しようと吉田尚記さんの著書を読んだりしているが、なかなか苦手意識が拭えない。

そんな僕が、今日カフェですばらしい文章に出会った。それは昼休みに職場の近くのベローチェで、村上春樹の「回転木馬のデッド・ヒート」を読んでいたときのことだ。

回転木馬のデッド・ヒート

回転木馬のデッド・ヒート

(前略) インタヴュアーはそのインタヴューする相手の中に人並みはずれて崇高な何か、鋭敏な何か、温かい何かを探り当てる努力をするべきなのだ。どんなに細かい点であってもかまわない。人間一人ひとりの中には必ずその人となりの中心をなす点があるはずなのだ。そしてそれを探りあてることに成功すれば、質問はおのずから出てくるものだし、したがっていきいきとした記事が書けるものだ。

その文章は昨晩見たスーパームーンのように、神秘的で温かなひかりを放っているように見えた。これは村上春樹が発見したインタビューの秘訣を説明したものだけど、日常会話にも適用できると思う。吉田尚記さんも著書の中で「会話において重要なことは、たとえかりそめでも、相手に興味を持つことだ」と言っていた。確かに会話の中に、その人独自の価値観やその人の根幹をなす何かを垣間見れれば、聞き手としてはとてもおもしろいと思う。まるで、鉱脈を求めて掘り進む発掘者のようじゃないか。そして、人はたいてい自分を知ってほしいという欲求を持っているはずなので、話し手としてもこの上なくうれしいことだろう。つまり Win-Win だ。

そしてこの文章のある段落は、最後にこう締めくくられている。

それがどれほど陳腐に響こうとも、いちばん重要なポイントは愛情と理解なのだ。

やはり大切なのは 💖 だよ!

というわけでみなさんも一緒に、普段の何気ない会話の中で、あふれんばかりの愛情と聡明な理解を発揮してみないかい?